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つながりたい

だいすきなロンドンにいる。
2004年の9月に初めて行って以来、いつかもう1度どうしても行きたいと思っていた。
でも、この6年半、何度、計画しても、仕事が入って行けなくなっていた。
旅に縁がない。
ロンドンに縁がないのか。
今はやるべきことが違うんだと言い聞かせ、いつか必ずと思い続けていた。
今回の旅も、半年以上前から計画していたのに、
実は、出発間際に、キャンセルをするぎりぎりのとこまでいっていた。
でも、なんとか、迷惑をかけつつ行けることになったのは、
きっと神様が見るに見かねて、今回は私を救ってくれたのかもしれない。

ロンドンは初めて来てもひとりでどこにでも行けるやさしい街だ。
地下鉄はわかりやすいし、すぐに来るし、トラベルカードさえ買えれば、バスも電車も乗り放題。
郊外にだって電車で簡単にいけてしまう。
今回はパリまで遊びに行きたいなぁーと考えているくらい。

お世話になっている友達のお家は地下鉄では行けなくて、ブリティッシュレールに乗る。
いわゆるJRにあたる電車。
まぁ、これがなかなか難易度が高い。
遠くまでいろんな所に行けるから、目的地に行ける電車を探すのが大変なのである。
改札にある大きな案内は空港にある掲示板のイメージ。
もっと大きいかも。
刻々と情報が更新されていき、読むのが困難。
そこから、必死に行きたい駅に止まる電車を探してさらに駆け足でホームに行くのがまた大変。
しかも、近くの駅まで行くのは1時間に1本だったりして、あとは大きな駅からバスに乗るしかない。

旅の3日目の夜。
ひとりでミュージカルを観た帰り、いよいよひとりで夜のバスに乗る機会がやってきた。
たくさん来るけど種類がいっぱいで、電車を探す時点で持ってる気力と脳みそを使い果たし、
少しやけになって、なんとかなるさと思い来たバスに飛び乗った。
運転手さんにこのバスはどこそこの近所まで行くかい?と聞いても、わからないとか言われるし。
案の定、暗過ぎて、車窓から降りる場所がわからず。
アナウンスなんて親切なものがなかったりもする。
こんなに遠いはずはないと、適当に飛び降りた。

初めての迷子。
しかも、かなり、重度な。

ロンドンではパブは23時で閉めなくてはいけないという法律があるくらい、
必要以上に真面目な街で、だから、もちろんお店も開いてない。
コンビニ的なとこを見つけて、黒人の店員さんに話しかける。
もちろん、ガイドブックになんか地図は載ってないので、
iPhoneが繋がっているときに、家の場所の地図を写真で残しておいたものをここぞとばかりに見せる。
通りの名前はあってるよねぇ。
聞いてもなんとなくの方角しかわからない。
ロンドンの人はあんまり歩かないんだ。
今、思えば、簡単に歩ける距離なのに、大変だからバスに乗れとか言われて、
そんなに遠いのか、やはり乗るバスを間違えたのか、と落ち込んだ。
ルームメイトたちも心配しているはず。
公衆電話に走って、暗闇でお金を入れて手帳にかかれた番号を押す。
こんなときのために書いた番号。
でもなぜか、途中で番号が押せなくなる。
どの公衆電話もだめだ。
朝までじーっとしていたくなった。
暗いし、何もわからないし。
もう諦めたい。

でも、このまま友達に心配をかけてはだめだと思い、
動くことを決心した。
深夜0時を過ぎ。

思った方向に、信じた方向に歩こう。
バスがきたら、もう一度、電車の駅に戻り、1からやり直そう。
バスがもうなくても、駅員さんに聞こう。
駅から歩こう。
動こう。
やってみよう。

日本では、みんな繋がっていることが当たり前で、
みんなひとりではなくて、
ひとりでは生きていけなくて、
だから、私も繋がりたくて、
でも、繋がるのは難しくて、
とても難しくて、
うまくいかなくて、
苦しかった。
苦しかったよ、とても。

異国の地で、
繫がる相手も、手段も全くなくなったとき、
空も街も真っ暗で、
うわぁーひとりだぁーって思った。
本当にひとりだ。
でも、私がこのままいなくなったら、この世界に、心配をしてくれる人はたくさんいて、
だから、ひとりだけど、
強くならなくては、と思ったのだよ。

強く、たくましく。
人に求めるのではなく。

そうじゃなければ、
人に何も与えられず、
繋がれない。
ずっとひとりのままだ。

そんなことを考えて、来たバスに乗ったら、
すぐ目印の教会の看板を見つけたんだ。
ちょっと行きすぎただけだった。

車で探しに行こうかと思ってくれていた友達の笑顔を見ながら、
THANK YOUとSORRYを心から伝えた。

1日中歩き回って疲れたから、その夜はゆっくり眠ろうと、
やっと落ち着いてベッドに入ったのに、数時間うとうとしたら、
なぜかしっかりと目が覚めてしまった。
一緒に寝ている友達もいるから、暗闇で布団を頭までかけて、
iPhoneを開いて、ふとツイッターを開いてみた。

なんとなく。
なにかをかんじて。

たった今の、同じ劇団だった先輩のツイートを読む。
あれ?揺れてるんだ。
地震かなぁー。
最近、多いなぁー。
しばらくして、
まじやばい?って、どういうこと??

そこから先のことは、
今回の揺れを経験してない方が、経験してしまった方のことが真の意味でわからないように、
全く別の場所にひとりでいて、
連絡も出来ず、
大切な人たちと一緒にいてあげられなかった者の苦しみは、
その人にしかわからないものなのだろう。
遠い場所では、全く揺れも感じず、まわりの人も普通に日常を過ごしている。
しばらく後で言葉の違うテレビから、やっとニュース番組を探してみても同じひどい映像が繰り返し流れるだけ。
アースクゥエイク、ジャパンという単語の繰り返し。
まるで映画のCGを使ったような1シーンが、繰り返されるだけだ。
自分の国で何が起こったのか想像するだけでなにひとつわからない。
大切な人や、
離ればなれになってる大切な人の奥さんや旦那さんや、
赤ちゃんや、
猫ちゃんや、
劇場に足を運んでくださったことのある繋がりのあるみなさまが、
日本のみんなが、
生きてくれているのか、
わからない。

寝る前にひとりで強くなろうと思ったばかりなのに、
やはり、無人島にひとりでは、無理だ。

時差があるからまだ暗い中、
愛する人たちの声が聞きたくて、
祈るのみだった。

その中で、私を忘れてない人から、日本が大変だから家族に連絡しろってメールが届き始めたり、
事務所にいる人から状況を教えてくれるメッセージが届いてきた。
Skypeで劇場とつながったときは、初めて知っている人の、
初めて日本で生きている人の声が聞けて姿が見られて、
気を失いそうだった。

それは、被災した方の苦しみに比べたらどれだけ小さいものかも、
わかった上で。
あたたかい場所でiPhone片手に生きていられる。
揺れもない。
まわりの人も何も変わらず。
昨日と同じ美しいだいすきなロンドンだ。

私の家族はみんな、ばらばらの場所だったけど、
無事に生きていることが母や姉からのメールでわかってきた。
下北沢にひとりで芝居を観に行ってそこで夜を明かしたという父と実家をひとりで守った母と、
すべての食器が割れた中、ひとりで無事だった祖母、
家で旦那さんを待つ姉と会社で仕事をしていた弟。

近くにいられなくてごめんなさい。
一緒に苦しみをわけあえなくて、ごめんなさい。
みんな、ごめんなさい。

でも、私はロンドンで決めた。
日本に帰って、私がやることはひとつしかないから。

昼間は何も手につかず、洗濯をして、
今日は大切な人を思い、お土産を買おうと決めて過ごした。
こんなにトランクに入るのかわからない。
そして、その日は、1番好きなミュージカルを観に行く日だった。
前回も2回観た「The Phantom of the opera」。
登場人物が出てきて、歌うたびに、ものすごい衝撃だった。
大好きなクリスティーヌやラウルや怪人やみんながそこにいる。
すべてのシーンの舞台セットを見るだけで息をするのも忘れそうになった。
すべて覚えているほどの大好きな舞台。
怪人の愛する人への最後の一言で、涙が溢れ、終わってからもしばらく動けなかった。

これを観たくて、ずっと頑張ってきたから。

私も帰って舞台に立つ。
私にできることは、それしかない。

ロンドンの教会のそばのお家から祈ります。
ひとつでも多くの命が救われ、
みなさんが強く生きられることを。
自分がスタッフとして参加した公演が、
再び、銀座で上演できることを。

そして、またひとりでも多くの方と劇場という空間で繋がれることを。

こころから祈っています。  つづく

飛行機も取れないだろうし予定通りに帰ろう。私の部屋、どうなってるのかなぁ。(独り言)

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