So-net無料ブログ作成

ポケットに届け [日記]

ついにスマートフォン、iPhoneを持つことになった。
うすべったいつるっとぴかっとひやっとした機械を、
この手のひらの中に持っているだけで、
とんでもないことができてしまいあわあわする。


新しい機械といえば、
初めてポケベルを持ったときのことを思い出す。
今まで、連絡手段といえば、家の電話で、
自分にかかってくる電話を家族に取り次いでもらって、
長電話をしては怒られて。
待ち合わせはアクシデントがあると大変だったな。
でも、ポケベルは、
個人的にメッセージをその人のポケットに送れるようにしてくれた。
すごくうれしいことだった。
公衆電話にテレカを入れて、
ハイスピードで数字を使って文字を打つ。
*2*2を頭に付けると、
数字がカタカナに変換されて送れるんだったな。
ちょうど高校の終わりから、大学に入った頃まで、
青春ど真ん中を、ポケットにポケベルを入れて、
ぶるぶるさせながら過ごした。
公衆電話に走りながら、
いつか、いつの日にか、
ポケベル自体で文字が打てるようになればいいなと、
そんな未来を夢見る少女だった。


初めての彼ができたときも、ポケベルで連絡を取っていたなぁ。
もともと、彼には彼女がいた。
私と彼女と間違えて、数字が送られてきて、
機種が違うからカタカナじゃなくて数字だったけど、
なんとか解読できて、彼女に送ったものだとわかり、へこんだりもした。
その後、しばらくして、無事にお付き合いできることになったけど。
相手のポケベルの番号を暗唱していた頃の、
懐かしい思い出。
友達の電話番号とかポケベル番号とか、
たっくさんの数字が脳みそに刻まれていた時代。


その後、PHSを初めて持ったときは、いよいよ来たと思った。
公衆電話よさらば、テレホンカードもさらばじゃ。
すごい、すごいよ。
ちょうどキャラメルボックスに入る少し前の話。
この電話があれば、ここから文字が打てる。
Pメールというもの。
もういちいち電話のあるところへ行かなくていいんだ。
っていうか、線がつながってない、個人の電話だ。
お部屋でも、外でも、自由に電話ができる。
自分だけの電話。
今では当たり前のことなのにね。


ラブレターといえば、切手をはって郵便だったけど、
まだEメールというものがない青春時代、
私の場合は、手紙からFAXになった。
毎日毎日、好きな人に、レポート用紙に手書きで手紙を書き、
家の電話から、相手のお家にFAXしていた。
郵便と違い、送るのと受け取るのに時差がない。
メールがないことが、今では考えられないけど、
そんな時代もよき時代。


携帯の次は自分のノートパソコン。
でも、パソコンって、ウイルスに感染したりがすっごい怖くて、
いまだに全部を理解できないところが、
私には手に負えない感じがある。
何年経ってもさっぱりわかってあげられない。
古くなってきていまいち調子の悪い子を、
買い換える勇気もなくて、
パソコンを開く時には、
えいや!って心の中で掛け声をかける毎日。
立ち上がるのに時間がかかるから、
なるべく1日1回にしたり。
便利なものというよりは、必要にせまれらて、
仕方なくお付き合いしている道具。
私のラブレターはFAXからパソコンのメールになったし、
これがあるおかげですごいことができているはずだけど、
その便利さの実感もあまり沸かずに、
すでに10年くらいが経とうとしている。


さて、今、ここにあるiPhoneさんは、
電話もできるし、どこにでも持っていける、
ポケットに入る、私にとっては小さなパソコン。
タッチパネルで文字を打つのは、
最初にパソコンのキーボードを触ったときのように不自由で、
その慣れないからの困難さと、時代の流れの早さに驚きを感じ、
ついついいろんなことを思い出してしまった。
いつの日にか、ぱっぱかぱっぱか、
タッチパネルで文字が打てるようになり、
この文章も、キーボードで書かなくなる日がきっと来るんだろうな。


旅先でも、電車の中でも、道を歩いていても、
誰かのブログを読んだりして、
文章を書いて発信したりして、
ずっと世界とつながっていられる。
人の目を見て過ごす時間は、
とても大切だし、こんな時代だからこそ、
もっともっといとおしい時間になるのだけど、
でも、今の私には、
この小さな機械が味方になってくれるような気がする。


地球の外にいる宇宙飛行士さんから、
今の地球の写真が送られてきて、
それを手のひらの中で見られる幸せ。
すごい世の中になったもんだ。
遅れつつも時代の流れをぼんやり追いかけて、
すごいな~すごいな~と感じていかないと。
あの頃、想像していた未来の中に、
私は生きているんだから。
公衆電話に向かって走っていた私の未来。


あらためて、あなたのポケットの中に、
自分の想いを届けられる幸せを感じる。
「送信」の文字を、そっと人差し指で触るとき、
届け、届け、届けと願う。
あなたの胸のポケットに入れているそれが、
ぶるぶる揺れて、
私の言葉が届くとき、
あなたの胸に、私の想いが、まっすぐに届くことを祈って。 つづく


つながってるね、iPhone。(独り言)


親が死ぬまでに私は [日記]

父が63回目の誕生日を迎えた。
しかし、63にもなるのに、おじいちゃんにもなれていない。
ごめんなさい……。
姉が去年、バージンロードを一緒に歩き、
ちょっとだけほっとしたけど、
親孝行らしいことは何もできてない私だから、
せめて、誕生日には一緒にお酒くらい飲みたいなと思い、
高知旅行の計画を立てるときに、
父の誕生日には帰ろうと飛行機を選んだ。
ささやかなプレゼントを母とふたりで選び、
誕生日当日には、
両親と祖母とのんびり一緒にごはんを食べることが出来た。
父は長崎の方に、私は高知に一人旅をした後だったので、
お互いの旅のお土産話をしたりして。
私と父は、好きなことがとても似ている。


あと何回、お祝いできるのかなぁ。


先日、母が私の部屋に遊びに来た。
実家暮らしのときには、ばたばたと仕事に追われて、
ろくに料理を作ったりもしていなかったので、
こんな時くらい、と思い、
母に料理を作って食べてもらった。
あぁ~もっともっと、
いろんなものを作って食べさせてあげたいなぁ~。
子供の頃、好きだった料理のレシピを聞きながら、
育ててもらった恩返し、全然できてないなぁと思う。


でも、まだ、遅くはない。


ごはんの後、母と街をぶらぶらしながら、
「親が死ぬまでにしたい55のこと」
という本のことを教えてもらった。
母の母、つまり祖母も元気なので、
母は、そんなことを思って本屋さんで手に取ったら、
親が60になったときに、という内容で、
あなたたちの世代に向けての本だったのよ、と母は笑った。


その本を買ってじっくり読んだわけではないが、
まずは親と過ごすことができる残された時間の計算から始まる。
親と離れて暮らしている場合、
例えば、年末年始、夏休みなんかに実家に帰り、
その数日間の何時間かを一緒に過ごし、
それをあと20年できると考えて、それを合計してみる。
すると、実は、余命わずかと同じ計算になってしまう、という。


離れて暮らしていると、
確かになかなか一緒に過ごす時間は取れていない。
多めに考えても、
1ヶ月に例えば平均して10時間一緒に過ごせるとして、
1年で120時間、実は、それはたったの5日分。
それが20年だとして、100日分だから、
わずか、3ヶ月と少しという計算になるのだ。


確かに、月に1度、
一緒にごはんを食べられればいいかな、くらいの私の場合、
それを計算してしまうと、怖い数字が出てくる。
その本には、後悔しないように、今のうちから、
一緒にお酒を飲んだり、
両親の馴れ初めを聞いたり、
自分が生まれた時の話を聞いたり、
親に手料理を食べさせたり、
やるべきことを後悔しないようにやりなさいということが書いてある。


私の場合は、ほとんどのことをやれていたけど、
両親ってことに限らず、もちろん、祖母に対してもそうだし、
友人、知人、
誰もがいつまでも命があるわけではないってことを、
そして、自分も生きているうちにできることは限られているってことを、
実感するようになった。


私の友人には、すでに、ご両親を亡くされている人も多く、
そんなことを考えられただけで自分はとても幸せだと思う。
誰にでも、寿命があり、
誰とでも、別れがやってくる。
時間は確かに限られていると思う。
1年に1回しか会えない人とか、
1年中会っていても、ろくに会話をしていない人とか、
両親に対してだけでなく、出逢った人すべてに対して、
今、自分がやりたいと思う、できる限りのことをするべきだと思う。
気付いたときに。


生き急ぐことはしたくないけど、
身体が動くうちに、心が動くうちに、
やりたいことを思いっきりやろう。


逢いたい人に逢いに行く。
今、逢いたい人は誰だろう。
これから、逢いたい人は誰だろう。
今、感じたいことを大切に。


そんなことを心がけて、この2ヶ月の休みを過ごした。
あと、10日ほどで休みが終わる。
でも、休みが終わってからも、
毎日の一瞬一瞬を、大切に積み重ねていこうと思う。
行動あるのみ。


と、ちょっと真面目で行動的なことを考えながらも、
家でひとり、あと何百回使わないと元が取れないぞ、
って計算しちゃう最近買ったお気に入りのル・クルーゼのお鍋で、
コトコト野菜を煮たりしてる。
考えなしにてきとうに野菜を入れても、
火がまろやかにまわり、野菜が優しくなるのを眺めて、
にこにこしてしまう。


動いたり、休んだり、
すればいいんじゃないかな。
時間を大切に思い。
そして、いろんな人のことを思い出しながら。


なんか、最近、しあわせだなぁ~と思う。 つづく


終わらないと思っていた休みが終わる。
ここから先は、止まらない。(独り言)


この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。