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これからの3年間

先日、母方の祖母の誕生日だった。
私の年に50を足すと祖母の年になるから覚えやすい。
84歳のお誕生日。
元気に毎公演、舞台を観に来てくれる。
初日と千秋楽に。
杖をつきながら劇場に来てくれる。
最近はやっと目の手術をして、よく見えるようになったみたい。
この間の公演では、やっぱりダンスはいいっ!と絶賛してくれた。

私は1人暮らしをする前は、祖母とふたりで暮らしていた。
おんなじ世界で生きているのに、
私が悩んでいることと、祖母の悩みとは、種類が全く違った。
ぎすぎすした気持ちで帰ってきても、
おばあちゃんの頼み事は、棚の上のトイレットペーパーをおろしてくださいだったりして、
どっちが大変かといえば、トイレットペーパーに手が届かないことのような気持ちになった。
自分にいいとこなんてひとつもないと思ってても、背が高くていいわねぇ~と褒められたりして。
祖母と暮らした時間は、私にとって大切な時間だった。
自分のことより困っている人のことを第一に考えて生きようと思えたのは、
この時間のおかげかもしれない。

そんな祖母に、誕生日に欲しいものを聞いた。
3年日記がほしい。
3年間、使える日記帳で、去年の今日は何をしていたかが一目でわかるもの。
ただし、3日坊主には、どうしようもない日記帳。
今までは5年日記を使ってて、それを見せてもらったら、
きちんと毎日、その日の出来事が書かれていて、私の舞台を観たチケットなんかも挟んであった。
素敵な3年間になることを祈って、ワインレッドの表紙の使いやすそうなものをプレゼントした。

5年も10年もあるけど、祖母は3年がいいと言い張る。
3年すらも生きられるかわからないからって。
ほんとは飽きちゃうからでしょーなんて言って笑った。
1番最初に、私が死んだらこの日記帳はお母さんに使ってほしいって書いたのよって教えてくれた。
私は絶対に3年後の誕生日には、また3年日記をプレゼントしようと思う。
ほら、最初っから5年にしておけばよかったのに、と笑いたい。

なんだか、怒涛の連続公演が終わって、
未来の芝居のことを考えなくていい時間になって、
自分の中で、なにか大きなものが終わった感覚がある。
私のこれからの未来に、あんなしあわせな時間はもうやってこないような、漠然とした不安。
それでもいいと思ってしまうくらい充実し過ぎていた毎日。
ほんとに楽しかった。
もうあんなに楽しいことはないような気がする。

でも、真っ白な3年日記の1ページ目を大事に開く祖母を見て、またはっとさせられた。
50年たくさん生きている人のこれからの3年がこんなに眩しいのに、
自分は何をやっているんだ、と。

祖母の元気なうちに、たくさん会いに行こうと思う。
もし、元気じゃなくなったら、半分くらいは、祖母との家に戻ろう。
そこから稽古場や劇場に通えばいい。

そしたらきっとたくさん日記に登場できる。
そして、挟み込まれる1枚のチケットの重みを大切に。
そんな3年になったらいいな。
祖母のこれからの3年を大切に思い生きる。   つづく

スケジュール帳ですら、毎年6月くらいから真っ白になっちゃう。書く余裕すらなくなるから。今年はまだ買ってないな。(独り言)

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