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天国のゴッホに届け

フィンセント・ファン・ゴッホさま。
天国から、にっぽんのこの美術館の様子が見えますか?

私はゴッホが好き。
画家の中で誰が好きかと聞かれたら迷うけど、
1番か2番目に好き。
パリの美術館でも、ロンドンの美術館でも、
やっぱりゴッホの絵の前にずっと居てしまうから、
他のどんなにきれいな観光地らしい場所よりも、
美術館の中のゴッホの絵の前が好きだから、
たぶん、ゴッホが1番好き。

数年前、上野でダリの美術展があった。
宣伝もすごかったせいで、
ものすっっごい混雑だった。
あんな繊細な絵をこんな混雑の中でどうやって見たらいいのか、
さっぱりわからない状況だった。
ダリなんて見てわかるのだろうか、という小さな子供を連れた親が、
その美術展の品位を落としていて、がっかりした覚えがある。
日本の美術館なんて行くもんじゃない。
おかげさまで、ダリが嫌いになるくらいの苦い経験だったので、
大好きな美術館には、しばらく行けなかった。

好きな画家の美術展となれば、なおさら。

休みのないばたばたとした毎日が終わり、
次の公演の稽古が休みの日もあり、
少しだけ時間に余裕ができた、今日この頃。
10月からのゴッホ展も終わりが近づいていた。
先週の土曜日も夜に六本木に用事があったけど、
土曜日の美術館なんて、ダリの悲劇だ。
ゴッホを見に行っていやな思いなんか絶対にしたくない。
しかし、巡り合わせは面白いもので、
食事の約束をしていた相手から、前日にメールが来て、
待ち合わせは六本木で、だった時に、
やっぱり、昼間から六本木に行こうと決めていた。

これから見に行く方もたくさんいらっしゃると思うので、
あまり書けないけれど、
本当に見に行ってよかった。
没後120年、ゴッホ展。
サブタイトルは「こうして私はゴッホになった」。
27歳で画家を志したゴッホが、
誰の影響を受け、どのように独学で学んでいき、
どのような流れであのきいろくてあおい絵を描くようになったかが、
とてもわかりやすく展示されていた。
最後まで見ては、最初に戻って、
ぐるぐるした。
ゴッホの絵だけじゃなくて、
たっくさんの日本人がゴッホの絵を見ている様子を見た。
ゴッホが絵を描いた短すぎる10年の、
花の命のように短かったその時間に、
ものすごい勢いで光り輝いていった彼の作品たちを見て、
胸がいっぱいになった。

なんで、死んでしまったの?

37歳のとき、麦畑で銃を持っていた彼は、
どんな想いだったのだろう。
本当に自殺だったのだろうか。

どうして、誰も、彼を救うことができなかったのだろう。

芥川龍之介が自殺したのも30代だった。
天国の龍之介が、
自分の作品が教科書に載ったり、映画になったり、
彼の全集が出たことを知ったら、
どんな顔をするのだろう。

どうして、誰も、彼を救うことができなかったのだろう。

天国のゴッホさん。
今のこの六本木がどのように見えますか。
浮世絵の影響を受けたあなたの作品を、
亡くなって120年経つ今、日本人たちが、
混雑にいらいらしながらも、こんな風にみんなで見ている様子を、
あなたは、どう思いますか。
ひまわり」の絵が58億で売れて、
日本の美術館に厳かにひっそりと置いてある場所が、
私はとても好きなのですが、
あなたは、どう思いますか。

生きていると死にたくなるくらい大変なこともあるけれど、
死ぬくらいなら、オランダにゴッホの絵を見にいきたいし、
私には助けてくれる人がいるから、
死にません。
死ぬくらいなら、そのちっぽけな命で、誰かを救いたいから、
まだ、死ねません。

ゴッホの絵は、120年後に生きる私にも届く。
描くのが死ぬほど苦しかっただろうけど、
描いてくれたおかげで、生きてる人もいる。

私も誰かを救えるだろうか。
舞台に立たなくては。

今、ゴッホにいただいたエネルギーを、
次の作品にぶつけたいと思う。   つづく

美術館はやっぱり好き。(独り言)

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